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ペリクレ・ファッツィーニはどちらかと言えば、自由放任主義だった。 自由にさせて生徒の力を引き出すタイプだ。 でもそれは指導を受ける側にとっては簡単なことじゃない。 自分の個性を生み出す苦しみを繰り返さなければならないからね。 苦しんだ後に何かが見えてきたと思った時に、ファッツィーニはその個性を生み出す力をうまく誘導するんだ。
人生最良の日だった。 ヴァチカン宮殿謁見の間の「キリストの復活」制作にファッツィーニの助手として携わったこと、全世界に向けたローマ法王の「平和アピール」のモニュメント制作を私自身が行ったことなどにより謁見が叶った。 すべてファッツィーニが導いてくれたんだと信じている。
「キリストの復活」は、ファッツィーニにとっては、命をかけた作品だった。 もちろん、ヴァチカン宮殿謁見の間に設置されることは作家としてこの上ない名誉なことであるが、それ以上の愛情をファッツィーニはこの作品に捧げていた。 制作は困難を極め、夜遅くまで続くことも多かったが、ファッツィーニの情熱はとどまるところを知らなかった。 助手としてファッツィーニとともに制作に携わったことはもちろん、そんなファッツィーニの姿をこの目で見ることができたことは、私のライフワークへの大きな影響を与えたと思っている。
クリスポルティは、ローマの歴史を含めた古代から現代の歴史に通暁し、芸術を歴史の中に位置づけることができる希有な評論家だ。 豊かな知識と瑞々しい感性を用いた美術評論はイタリアの美術家たちから愛されている。
数多くの彫刻の中からただ一人、カッラーラを代表する彫刻家としてチャンピ大統領と面談できたのは、大理石を愛し、自然への回帰を追求してきたことが評価されたのだと感じた。